本当は簡単に「治る」んだよ
「治療法がないと言われた」
「治らないので、うまくつきあっていきましょうと言われた」
こんな言葉を、ときどき耳にします。
また、
「治りますか?」
「効きますか?」
と尋ねられることもあります。
そんな時は、
「治りますよ」と言い切りたい気持ちになります。
嘘ではなく、私は本当に「治る」と思っていますから。
でもそれには、前提があります。
ひとつめは、
「治る」の定義。
なにをもって「治った」とするかの問題です。
たとえば癌。
ガン細胞がゼロになったら「治った」と言えます。
けれど、寝たきりの身動きできない状態だったら?
癌はたしかに消えています。
でもこれを「治った」と言えますか?
ガン細胞はゼロになっていません。
でも、日常生活を送れています。
これを「治っていない」と言い切れますか?
ということなんですね。
数値がゼロになったら「治った」というのか、
数値はゼロになっていないけれど、普通に暮らせてるのを「治った」というのか。
前者の、数値ゼロを「治る」と定義するのなら、治らない。
ふたつめは、
「治す気があるかどうか」
いや、ふつうに治りたいでしょ、と思うかもしれませんが、
本心からそう思っている人は、意外に少ないものです。
「治りたい」のではなく、
「治してもらいたい」と思っている。
そういう人の方が、多いです。
自分の体は自分でしか治せません。
受け身で治療を受けているだけでは、治りません。
いや、私は健康に気を使っていますよ、と言う方は多いです。
栄養バランスにも気を配り、運動もしてる。
自分でも努力していますよ、と。
素晴らしいと思います。
けれど、話を聞いてみると、
青汁がいいと聞けば青汁を飲み、酵素がいいと聞けば酵素ジュースを飲む。
炭水化物が良くないと聞けば、炭水化物抜き。
脂は、塩分は、カロリーは……云々。
筋トレ、ジョギング、ヨガ、半身浴、サウナ……。
いろいろ試してみるのはいいと思います。
ただ、肝心の、
自分の体の声を聴けてますか?
と疑問を持ってしまうことも、少なからずあるのです。
情報に踊らされている感じが、否めません。
これも受け身の一種です。
世の中に溢れる情報。
健康情報も、溢れかえっています。
洋の東西を問わず、昔からずーっと。
なにそれを活性化させるのはこの食品、
なにそれは脳に良くない、
認知症予防にはこれ、
ビタミンが、カルシウムが、タンパク質が……
最近は遺伝子が、というのもよく聞きますね。
それらの情報が、まったくの嘘だとは言いません。
事実でもあるのでしょう。
でもその事実は、
ごく一部を切り取って見た場合の事実
です。
別の角度から見れば、違う事実があります。
ある物質が、Aには良いが、Bには悪影響を与える。
どちらも事実です。本当のことです。
Aにとっては「いいもの」が、Bにとっては「悪いもの」
どちらの情報を受け取るかで、同じ物質が「いいもの」と「悪いもの」に別れてしまう。
嘘は言っていない、でも本当のことをすべて言ってるわけではない。
健康情報ってそんなものです。
(たまに嘘だらけのもあります)
じゃあ、なにを基準にすればいいのか?
それが、
体の声を聴く ということ。
「○○がいい」と聞いて、始めたけれど、
あまり好きになれない、しんどい。
そう感じたなら、その○○はやめていい。
あなたの体がそれを求めていないんだから。
きちんと体の声を聴きさえすれば、
簡単に「治る」んだよ。
体は本来、「治る」ようにできているから。
「治りますか?」
「効きますか?」
に、「治る」と言い切りたい。
でも、上記の前提を理解してもらえないと、言い切れません。
鍼灸は、治すのではなく、体がもつ「治る力」を引き出すもの。
全身の氣血の流れを調え、体の声を聞き取れるようにするもの。
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